赤坂街歩き

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黒田藩中屋敷の平面図が語る・赤坂黒田屋敷の昔と今

 

 2020年2月16日、「赤坂街歩きの会」の第15回セミナーは終わりました。約90名もの方のご参加をいただきありがとうございました。黒田藩中屋敷は赤坂に住むものにとって東に広がる小高い丘になっており、かつてはこんもりとした森、緑の空間でもあったのです。その空間が大きく変わり始めたのは、昭和40年代から50年代、バブル時代に差し掛かろうとしている時だったかもしれません。そうなる前は、高台が住宅地で緑は深く、坂を下りた低い部分は歓楽街、花柳界と棲み分けていた赤坂。花柳界に寄り添うように黒田さんの山は存在していました。赤坂人にとっては「黒田さんの山」と黒田さんの屋敷は赤坂のシンボルでもあったのです。まだ、マンションに建て替わる前、氷川神社の祭礼には神輿が立ち寄り、振る舞い酒もあったと聞いています。そんな馴染みの黒田藩の中屋敷の話でした。

 大名屋敷の平面図から見て取れる日常生活や周囲を家臣の住居である長屋を兼ねた長い塀、大きな庭園を構えた、大名屋敷の構造、大名や家臣の暮らし振りなどが分かり、江戸時代の姿が少しイメージできました。それよりも、江戸時代は本当に火事が多く、何度か焼失し、建て替えているのには、やっぱり驚きました。また、屋敷内には福岡から太宰府天満宮も屋敷内に遷宮され、江戸の庶民に公開されてお参りする人も多かったとか。明治時代になっても屋敷内に存在していたとのことでした。今はすっかりビルの林立する山になっていますので、資料とお話の中から、江戸時代の山を想像をするばかりでした。しかし、楽しい、イメージのタイムトリップでした。

 今後も様々な企画を用意し、セミナーを開催したいと思います。皆様とまた、楽しいイメージのタイムトリップができればと思っています。ご参加をお待ちいたしております。

 

案内板松平美濃守が黒田藩邸会場風景

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