赤坂街歩き

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知っていますか、今のTBSのところは近衛第三連隊があったのを その1

戦後すぐの一ツ木の丘

戦前の赤坂は軍の施設の密集地であったと言っても過言ではないようだ。皇居や東宮御所(旧大宮御所)が近くにあったという理由で現在のTBSのある一ツ木の丘には近衛第三連隊が、道路をはさんで今の防衛庁のところ(現ミッドタウン)が陸軍第一歩兵連隊、外苑東通りを挟んで、向かい側が陸軍歩兵第三連隊、そして、第三連隊の隣が第一師団司令部と赤坂周辺の高台はほとんど軍の施設だったと言えそうである。

軍の跡地は今でも、防衛庁、星条旗新聞社、東大生産研究所(現国立新美術館)、と公の機関やその名残を感じさせるような施設に利用されている。しかし、近衛第三連隊の跡地だけが、民間に払い下げられたため、近衛歩兵第三連隊がTBSのところにあったという事実を知る人は意外に少ない。

近衛第三連隊は一ツ木通りから少し上がったところのTBSテレビ局舍のあたりから、現在工事が進む三菱地所「グリーンパーク赤坂」の敷地を含めてコロンビア通り(かつてコロンビアレコードがあったので、コロンビア通りと呼ばれた)に至るまでの区域で、内部には赤煉瓦造りの3階建ての兵舎が2棟建ち、どんな遠くからでも、それを見ることができて、非常に印象的な光景だったという。赤坂は軍の施設が多かったのと国会議事堂が近いということで、度々歴史の舞台となることが多かった。

昭和11年に起きた2・26事件もこの近衛第三連隊の一部が反乱軍として参加、時の大蔵大臣高橋是清の殺害を実行している。この事件は歩兵第一連隊と歩兵第三連隊、近衛歩兵第三連隊の青年将校が率いる兵1,500名が、首相官邸や陸相官邸を襲撃し、高橋大蔵大臣をはじめ、政府の要人、軍の要人4名を殺害し、天皇を中心とした「昭和維新」を企てた事件。鎮圧されるまでの4日間永田町から赤坂区域は町全体が事件の舞台となり、住民も巻き込まれることになったのである。特に、山王ホテルや料亭幸楽は反乱軍が立て籠ったところとして、舞台の中心であった。

しかし、今近衛第三連隊跡のTBSが、山を削って高層ビルに現在大々的に建て替え中であり、昔のままだった山王ホテルもつい最近取り壊され、現在駐車場(現山王パークタワー)となっている。当時の痕跡を残す建物や場所がすっかり姿を変えようとしている今、あの時、この赤坂で何が起きたのかを振り返って見るのも悪くはないのではないだろうか。

その2に続く




この記事は「赤坂タウン誌 Vol.3(1992年初夏号)」に掲載した内容を復刻掲載いたしました。

赤坂タウン誌より:新赤坂紀行 | permalink | - | - | pookmark |

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