赤坂街歩き

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赤坂の芸者さんと街で出会える方法教えます?

「暁紀久」の育子さん

お座敷の育子さん
お座敷の育子さん

写真のように妖艶な姿はやっぱり美しいと思う。こんな光景に出くわそうものなら一瞬茫然と見とれずにはいられない。「赤坂といえば芸者さん」と反射的に思い浮かぶほど関係が深いにもかかわらず、こんな光景は見られなくなっていまった。ましてや街ですれ違う幸運に恵まれるのはもう皆無といっていいかもしれない。

「赤坂で芸者さんに会って見たい」という方のために、今日、ここに登場していただいたのが、正真正銘赤坂きれいどころの売れっ子「暁紀久」の育子さん。20数年のベテランであり、数人の芸者さんを抱える置屋のお姐さんでもある。


芸者さんも日本髪の鬘に変わってしまっても、こんなに綺麗に装うのは踊りのお座敷がある時だけ。週に2〜3回ぐらいだとか。踊りのないお座敷は普通の髪型に着物のことが多いそうだ。芸者さんにとってはやつぱり踊りのお座敷が本番。踊りを楽しみ、それでお酒の席を盛り上げられれば「こんな楽しいお座敷はない」とか。そして、こんなお座敷はお客さんも喜んでくれるそうだ。踊りが上手かどうかがお客さんへのサービスやお茶屋(料亭)さんとの関係でも生命線。この一瞬に緊張感も高まるところだ。だから、「踊りの稽古は欠かさない」と育子さん。しかし、最近「ちょっとお座敷の雰囲気が変わってきた」と複雑そう。昔のお客さんは踊りを真剣に見て、批評も厳しかったそうだ。今、若い人も一生懸命踊りを見てくれるのだが、何か異文化を見るようなのだとか。「希少価値になってしまったのね」と育子さん。ちなみに、赤坂の料亭や芸者さんは、最も多かった昭和40年代に比べると、(平成3年現在)三分の一にまで減少し、生バンドがお座敷に入るようになって、遊びの質もすっかり変わってしまったのも確かなようだ。

彼女が赤坂で芸者になったのは、赤坂料亭の全盛時代。田町通りやみすじ通りには黒板塀の料亭が軒を連ね50〜60軒はあったとか。普段でも美しく着飾った芸者さんを見かけることができたという。

客筋もとびきり一級。「世界の情勢や経済情勢など、どんな学校にいくよりもお座敷が生きた勉強の場、とても楽しかった」と育子さん。今でも政財界のトップを客筋としている赤坂花柳界。学ぶことが多いという。

自分で選んだこの道、毎日の仕事は充実しているし、踊りにもつい力が入るとか・・・。



この記事は「赤坂タウン誌 Vol.2(1991年秋季号)」に掲載した内容を復刻掲載いたしました。


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